波留敏夫はるとしお
元プロ野球選手、コーチ[日本]
1970年 5月25日 生 (満55歳)
波留 敏夫(はる としお、1970年5月25日 - )は、京都府京都市東山区(現:山科区)出身の元プロ野球選手(外野手・内野手、右投右打)、コーチ。
現役時代は横浜ベイスターズの上位打線で闘志を剥き出しにしたプレーを見せ、「ハマの核弾頭」「突貫小僧」の愛称を持った。
経歴=
プロ入り前=
大谷高等学校では2年秋の府大会準決勝で伊藤智仁が先発した花園高に勝つも決勝で平安高に延長10回の末に惜敗、2位決定戦では花園高の伊藤との再戦に敗れて近畿大会へは進出できず。
社会人野球の熊谷組へ入部。
1年目秋の日本選手権には先発出場。
1992年の都市対抗野球で準優勝。
翌年も出場して優秀選手賞獲得。
同年は社会人ベストナイン遊撃手に選出。
チームの解散が決まっており、プロ入りを表明していたところ1993年度ドラフト会議にて横浜ベイスターズから2位指名(逆指名)を受けて入団。
担当スカウトは松岡功祐。
横浜時代=
1994年は内野手として登録され、シーズン中盤より一軍に定着。
終盤には怪我で戦線離脱した進藤達哉に代わり遊撃手として多く出場する。
内野では三塁手も守ったほか、中堅手も多く守り、最終的には53試合に出場した。
1995年は中堅手として多く出場。
初めて規定打席に到達し、打率三割を記録。
調子や相手先発投手の利き腕に合わせ、同い年の石井琢朗と入れ替わりで1、2番打者を務めた。
1996年は、開幕から1番打者に固定されるなど好調だった ……
波留敏夫さんが誕生してから、55年と260日が経過しました。(20349日)



