生年月日データベース

中岡俊哉なかおかとしや

ドキュメンタリー作家、潜在能力研究家[日本]

1926年 11月15日

2001年 9月24日 死去胃がん享年76歳

中岡 俊哉(なかおか としや、1926年11月15日 - 2001年9月24日)は、日本の作家・超能力研究家・超常現象研究家。
AAPR(アジア意識力学研究協会)会長、イムレゲン アジア販売代表を務めた。
生涯= 1926年11月15日、東京・大塚に生まれる。
本名は岡本俊雄(おかもと としお)。
祖父は浪曲師の桃中軒雲右衛門。
満洲に渡って馬賊になることを思い立ち、知り合いの中国人から中国語を習う。
1943年、渡満し、鞍山の昭和製鋼所に勤務した。
1945年の敗戦後、恩人の満洲人から抗日民主連盟という地下組織に加わるよう迫られ、これを受け入れる。
このとき東峰輝という中国名を与えられた。
その後、大連の日本人難民収容所を経て1946年には八路軍の一員となった。
転戦する中で1947年に1回、1948年に2回の臨死体験をしたという。
1951年から北京放送局(現在の中国国際放送)対外放送部日本語課アナウンサー室長を務め、以後日本向けの短波放送を担当する。
この間、1952年に中華人民共和国に亡命してきた三代目中村翫右衛門と交流した。
またアナウンサーの仕事の傍ら、中国各地の民話や奇談を収集した。
1958年、中国で得た妻子とともに帰国。
同年の長崎国旗事件の余波で中国報道機関の駐在員という就職先を失い、ラヂオプレスに勤め口を得る。
一転して中国に関する情報収集を担うこととなった。
その傍ら『千葉日報』で中国の怪談・奇談を連載したのを皮切りに、『週刊少女 ……

中岡俊哉さんが誕生してから、98年と166日が経過しました。(35961日)
亡くなってから、23年と218日が経ちました。(8619日)
27342日間 生きました。

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