生年月日データベース

石橋和訓いしばしわくん

日本画家画家[日本]

1876年 6月6日

1928年 5月3日 死去享年53歳
石橋和訓 - ウィキペディアより引用

石橋 和訓(いしばし かずのり/わくん、1876年〈明治9年〉6月6日 - 1928年〈昭和3年〉5月3日)は日本の日本画家、洋画家。
英国ロイヤル・アカデミー初の日本人学生。
代表作に『美人読詩』や松方正義・渋沢栄一・大隈重信らの肖像画がある。
人物= 「和訓」の読みは「かずのり」だが「わくん」とも呼ばれる。
「かずよし」とする文献もある。
幼名は倉三郎。
師の滝和亭の一字をもらい27歳で改名。
画号は耕雲、雅原、中雅。
1876年、島根県飯石郡西須佐村(現・出雲市佐田町反辺)の農家石橋熊三郎とマツの間に生まれる。
幼少から画才に秀で、須佐建真(須佐神社祠官)と永瀬雲山から南画を学ぶ。
1892年、松江に出て後藤魚洲と堀櫟山(小豆沢亮一門下)から南画・洋画を学ぶ。
1893年、上京して千家尊福邸に書生として寄寓。
本多錦吉郎に洋画を学んだ後、千家尊福や松平直亮の推薦で南画家滝和亭塾に入門、愛弟子となる。
1897年、広島第5師団野戦砲兵第5連隊に入隊、1900年、義和団事件に従軍。
1901年、滝和亭の死に伴い「和訓」に改名。
1903年、渡英(中條精一郎・井上匡四郎・三土忠造とともに小笠原長幹・上杉憲章の留学随行員という名目)。
ロイヤル・アカデミー・スクールの入試に合格し、同校初の日本人学生となる。
ジョン・シンガー・サージェント、ソロモン・ジョセフ・ソロモンらに西洋伝統の油彩画を学びつつ、英国で南薫造、高楠順次郎、高村光太郎、 ……

石橋和訓さんが誕生してから、149年と293日が経過しました。(54715日)
亡くなってから、97年と328日が経ちました。(35757日)
18958日間 生きました。