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三富朽葉みとみきゅうよう

詩人[日本]

1889年 8月14日

1917年 8月2日 死去溺死享年29歳
三富朽葉 - ウィキペディアより引用

三富 朽葉(みとみ くちは/きゅうよう、1889年〈明治22年〉8月14日 - 1917年〈大正6年〉8月2日)は、日本の詩人。
本名は義臣。
来歴= 長崎県石田郡武生水村(現・壱岐市)生まれ。
父・道臣は石田郡長を務めた。
1896年、本家の伯父三富浄の養嗣子となる。
旧制暁星中学校を経て、1908年に早稲田大学予科を修了し、早稲田大学本科英文科に入学する。
大学の同期には宇野浩二・廣津和郎がいる。
1909年、人見東明、加藤介春、福田夕咲らとともに、自由詩社を結成する。
自由詩風で認められ、またフランス文学批評も著した。
1911年、早稲田大学英文科を卒業。
1917年8月2日、犬吠埼君ヶ浜で溺れた友人の今井白楊を助けようとして、そのまま水死した。
8月5日に白楊の遺体が、8月8日に朽葉の遺体が見つかった。
死後に『三富義臣君/今井国三君 追悼録』が刊行され、1918年8月に「涙痕之碑」が建立された。
著作= 増田篤夫 編『三富朽葉詩集』第一書房、1926年10月。

三富朽葉さんが誕生してから、136年と178日が経過しました。(49852日)
亡くなってから、108年と191日が経ちました。(39638日)
10214日間 生きました。

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