生年月日データベース

皆川睦男みながわむつお

プロ野球選手、コーチ[日本]

1935年 7月3日

2005年 2月6日 死去享年71歳
皆川睦男 - ウィキペディアより引用

皆川 睦雄(みながわ むつお、1935年7月3日 - 2005年2月6日)は、山形県南置賜郡山上村大字関根(現・米沢市)出身のプロ野球選手(投手、右投右打)・コーチ・解説者・評論家。
現役当時は同期入団の野村克也と共に南海ホークス黄金期の主力選手であり、同じくアンダースロー投手の杉浦忠と共に南海黄金時代のエースとして活躍した。
通算成績は759試合登板、221勝139敗、防御率2.42。
通算221勝はホークス(南海、ダイエー、ソフトバンク)の球団記録であり、1983年に山田久志に更新されるまでアンダースロー投手としてのNPB記録でもあった。
なお、南海の大エースとして名高い杉浦(通算187勝)よりも通算勝利数は上回っており、200勝がラインとなる日本プロ野球名球会にも入会している。
日本プロ野球界「最後の30勝投手」である。
経歴= プロ入り前= 山形県南置賜郡山上村大字関根(現・米沢市)で7人兄弟の末子として誕生。
幼い時に父を亡くし、経済的に恵まれない環境の中、父の後を引き継いだ兄の運送業の手伝いをしながら成長する。
小学生の時には大人顔負けのボールを投げており、山上村立山上中学校に入学すると、米沢市の大会などで活躍。
米沢市内の中学にはなかなか勝てなかったものの、関根にすごいピッチャーがいると関係者の間で知られるようになる。
中学卒業後は米沢高校に進学し、民法学者としてその名を知られた遠藤浩が野球部の監督を務めており、遠藤の指導で ……

皆川睦男さんが誕生してから、90年と267日が経過しました。(33140日)
亡くなってから、21年と49日が経ちました。(7719日)
25421日間 生きました。

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