生年月日データベース

緒方竹虎おがたたけとら

政治家ジャーナリスト[日本]

1888年 1月30日

1956年 1月28日 死去急性心臓衰弱享年69歳
緒方竹虎 - ウィキペディアより引用

緒方 竹虎(おがた たけとら、1888年〈明治21年〉1月30日 - 1956年〈昭和31年〉1月28日)は、日本のジャーナリスト、政治家。
交詢社会員、朝日新聞社副社長・主筆、自由党総裁、自由民主党総裁代行委員、国務大臣、情報局総裁、内閣書記官長、内閣官房長官、副総理などを歴任。
栄典は正三位勲一等旭日大綬章。
兄の緒方大象は医学者・九州大学名誉教授、弟の緒方龍は医師。
二男の緒方研二は元日本電気(NEC)副社長、三男の緒方四十郎は元日本銀行理事。
概要= 早稲田大学卒業後、東京朝日新聞社に入社。
若くして主筆となり、1943年副社長。
1944年退社し政界入り。
情報局総裁、小磯内閣、東久邇内閣で国務相となる。
公職追放解除後の1952年に衆議院議員となり、吉田内閣で副総理など要職を歴任。
1955年保守合同を実現し自由民主党総裁代行委員となる。
鳩山一郎の後継の総理総裁と目されたが、翌年急死した。
来歴= 幼少期から学生時代= 緒方竹虎は1888年(明治21年)1月30日、緒方道平と母・久重の三男として福岡県福岡市に生まれた。
父は福岡農工銀行の頭取であった。
父は第2次松方内閣によって福岡県書記官を退官させられた後、そのことを腹に据えかねており、子供たちに「お前らは一生役人になるな」と言っていたという。
福岡師範学校附属小学校から福岡県立中学修猷館に進学。
緒方は小学校から中学校を通じて、無欠席・無遅刻・無早退を通した。
修猷館の1年 ……

緒方竹虎さんが誕生してから、138年と9日が経過しました。(50414日)
亡くなってから、70年と12日が経ちました。(25580日)
24834日間 生きました。

推定関連画像