森田正馬もりたまさたけ
精神医学者[日本]
1874年 1月18日 生
1938年 4月12日 死去享年65歳

森田 正馬(もりた まさたけ、通称:しょうま、1874年〈明治7年〉1月18日 - 1938年〈昭和13年〉4月12日)は、日本の医学者、精神科神経科医。
(森田)神経質に対する精神療法である「森田療法」を創始した。
来歴=
高知県野市町(現・香南市)生まれ。
号は形外。
高知県立第一中学、第五高等学校、東京帝国大学医科大学を卒業。
東京帝国大学では呉秀三門下。
巣鴨病院に勤務。
根岸病院顧問(1906-29)。
東京慈恵会医科大学教授を務める。
1919年(大正8年)、妻の久亥の助けを借りながら、自宅を利用して神経症の入院療法を開始する。
人物=
子ども時代は、催眠術や奇術に興味を持つ好奇心旺盛な性格であった。
また、自身の病弱さと経済的理由で高等学校進学を父親から反対されると、無断で大阪にいる医師と養子縁組を行って学費援助を受けるなど、大胆な行動を取る一面もあった。
これに対して父親は、森田の従妹と結婚して家を継ぐことを条件に学費を出すことを提示し、森田がこれを了承したため、養子縁組は後に解消された。
学業時代に、死の恐怖や体調不良に長らく苦しんだことが、神経症の治療に取り組むきっかけとされる。
また、帝大在学中に神経衰弱と脚気を診断されて服薬治療を行ったが、父親からの送金が滞り、「もう死んでも構わない」とヤケで服薬を中止したところ症状が改善したことが、森田療法の確立の布石となった。
自らも幼少時代、悪夢に魘さ ……
森田正馬さんが誕生してから、151年と148日が経過しました。(55301日)
亡くなってから、87年と65日が経ちました。(31842日)
23459日間 生きました。