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ミラード・フィルモアMillard Fillmore

アメリカ合衆国第13代大統領[アメリカ]

1800年 1月7日

1874年 3月8日 死去享年75歳
ミラード・フィルモア - ウィキペディアより引用

ミラード・フィルモア(Millard Fillmore、漢字:美辣達・斐謨, 1800年1月7日 - 1874年3月8日)は、アメリカ合衆国の政治家、弁護士で、第12代副大統領及び第13代大統領。
大統領の死に際して副大統領から昇格した2人目の大統領で、ザカリー・テイラーがコレラで死去した後の大統領職を継いだ。
フィルモアは米墨戦争の間に併合された領土に奴隷制度を導入しないという提案に反対し(南部諸州を宥めるため)、1850年協定を支持し、同協定に署名した。
その中には逃亡奴隷法(ブラッドハウンド法)も含まれた。
インディアンに対しては徹底排除の方針を採り、1851年には「第一次ララミー砦条約」を締結させ、ミズーリ川以西の多数のインディアン部族からその領土を奪った。
外交政策においては日本との貿易を進め、ハワイを併合しようとするナポレオン3世と衝突、フランスやイギリスと共にキューバに侵入しようとしたナルシソ・ロペスの動きに対抗した。
大統領職後にホイッグ党は解散し、フィルモアと多くの保守派はノウ・ナッシング運動に加わり、フィルモアらはアメリカン党を結成した、移民反対・反カトリックを主張していたが1856年アメリカ大統領選挙では移民についてほとんど語らず、連邦の維持に焦点を合わせたため、民主党のジェームズ・ブキャナンに敗北した。
南北戦争の間には、フィルモアはアメリカ連合国の脱退を非難し、必要な場合には武力によっても連邦を維持しなければならない ……

ミラード・フィルモアさんが誕生してから、226年と31日が経過しました。(82578日)
亡くなってから、151年と337日が経ちました。(55490日)
27088日間 生きました。